ONLINE COURSE 2【Art theory】
アーカイブ6
前回デッサン道具についてご説明いたしました。
今回はデッサンと現実の固定観念について説明いたします。
美術的解釈と現実との違い
ルネッサンス期の絵画
ルネサンス期の作品は、物は重力によって地表に垂直に立つという概念を元に描かれた作品が多く存在します。
視点を固定した物の見方をせず、描く対象毎に視点を変えて描いているので上下への遠近が希薄な絵となります。
モチーフを俯瞰や煽り視点で見なくとも、静物画を描くような距離に置かれたモチーフは、上下への遠近効果が若干現れます。
現実にこの遠近が現れていても、上下の遠近を希薄にし、地面とモチーフが垂直に立っているように描く事で美しさを表現していたのでしょうか。
視点を固定せず、首を左右に視点移動し物を認識すると正面が視点ごとに変わるので、遠近も変化します。見るモチーフの正面は垂直に見えますが、中心から離れると少しづつ遠近が現れます。
人は動物なので視点や身体を動かし外界を見ています。視点固定は特殊な状態なので、自然に見えるという観点からどのモチーフも正面で捉えた表現が良かったのかもしれません。
フロリス・ファン・ダイク Floris van Dyck
『静物』(1613年)
ルイーズ・モワヨン Louise Moillon
桜桃、苺、スグリ (1630年)
フランシスコ・デ・スルバラン Francisco de Zurbaran
『茶碗・アンフォラ・壺』(1650年)
人の目の見え方
現実と補正
人間の目は、水晶体の凸レンズによって倒立像が網膜に写り脳が正立像として変換します。この凸レンズは中心部から離れるとボケと歪みを生じ、明度が落ちます。
カメラの弱い広角レンズは人の目の見え方に似ています。人の目は広角レンズ程の極端な湾曲は起こりませんが、中心から離れるほど物は歪んで見えます。
fig1
fig2
fig1は普段見ていると思っている世界の見え方、fig2は実際の見え方です。
人の目は見ている視野角内の全てをしっかり認識しているわけではなく、中心から離れるほどに明度が落ちぼやけ歪んでいます。
有効視野外の視覚認識は曖昧で不明瞭です。見えていると感じる世界と実際しっかり認識できる世界は思ったよりも小さく狭いです。
なぜ、fig1のように見ていると感じるのか。
まず距離が関係しますが、同時に人の目の構造上の欠点、中心以外がはっきり見えないという欠点を動的な視点移動で全体を把握し補っています。
視点が物理的に固定されないので、写真のような切り取られた見え方ではなく連続した動的な見え方をしています。カメラで撮った写真は1点から見た世界ですが、人間は視点移動していますので普段は1点を固定して見ているわけではありません。
人が見ている世界は記憶の連続です。
断片を切り取る写真やデッサンはこの動的な視点を固定化させたものです。固定化させた時に人の目の構造上、普段気づかなかった事が感じとられ違和感となります。
視野角
fig2が起こる有効視野の範囲を、視野角図を用いて説明します。
fig3-4、人の視野角は、「水平約200度、垂直約125度の上約50度・下約75度」で真横よりも少し後ろまで見えていますが、情報受容能力に優れる有効視野は垂直約20度、水平約30度の狭い範囲です。
fig3 左右
fig4 上下
有効視野は、水平30°垂直20°の狭い範囲
色や煇度が理解できる範囲は、左右で30°ー60°、形を認識できる有効視野範囲は30°です。数や文字を理解する範囲はもっと狭く5°ー10°の範囲ととても狭いです。
この文章を認識する範囲ですが、下記の赤文字を参考に実験してみましょう。
画の赤文字を中心に、視点固定して左右どこまで文字を理解できますか?必ず視点を動かさず固定して確認してください。
石川県金沢市絵画教室画塾デッサン
画面サイズや環境にもよりますが、とても狭い範囲でしか理解できなかったのではないでしょうか。
このように視点を固定して物を見たときの視野はとても狭く、視野の端はぼけます。これは目のレンズ構造の問題ですが、ここにモチーフとの距離が合わさり、歪みが生じます。
当たり前ですがモチーフの距離が近ければ大きく見え、遠ければ小さく見えます。モチーフの個体が大きいものと、小さいものでもその差は現れます。2cmほどのサイコロを1mの距離で見るのと、30cmの立方体を1mの距離で見るのでは遠近に違いが生まれます。この個体の大きさと距離が関係し歪みが現れます。
視差・立体視
立体視は、対象物を見た時に左右眼の見え方に違い生まれる相違を立体視差と言い、この違う映像を融像する機能を立体視といいます(fig5)。
立方体の側面が見えるように置いたとき、右目の見え方と左目の見え方には違いがあります。しかし両眼で立方体を見ると、立方体が重なって見えず1つにしか見えません。両眼融像された立方体は立体感を持って感じます。
また立体視は誰もが持ち得ているわけではなく、立体視機能が弱い方、また立体視できない方もいます。左右眼の網膜像差が大きい場合は両眼融像ができず、片目の像が抑制され他眼の像が認識されて、交代視、混乱視などが生じ立体視機能が低下する場合もあるようです。
fig5 立体視差
人間の目は思いのほか、はっきり見えている範囲が少ないです。
しかしはっきりと見えていない部分は視点や身体を動かせて対象物を記憶し、脳で映像を連結し全体像を作ります。
細部を見るときの視野角はほんの少しのサイズしかありません。
なぜ歪むのか
原因は距離と大きさ
現実世界でビルを下から見上げた時、ビルを上から見下げた時のように、アイレベルを基軸にしてそこから離れれば離れるほど物は小さく見えます。そしてビルを見る距離によっても見え方が変わります。
1kmも離れた場所からビルを見ても距離は感じてもビルの上下の遠近は感じません。ですが近距離であればあるほど、アイレベルからの遠近効果が激しくなります。例えばビルの2m前で視点を上から下へと見渡せば上下左右に湾曲した遠近が働いている事がわかります。
現実は直線で出来上がったビルであっても、見る視点距離によって対象が少し歪んで見えます。
視点距離によって実際の見え方に違いがあります。
fig6では実際の大きさと、見た目の変化を図に表したものです。
SPからL1の棒を見た時、実際のサイズと、見え方に違いが起こります(fig7参照)。それは視点SPから物体との距離が変化する事によって起こります。
先ほどのビルの例ですが、近くのものほど大きく見え、遠くに行くほど小さく見えるのが原理原則です。
fig7のL1の実寸と、L2の見え方の違いを並べましたが、端に行く程、遠くに行くほどに小さく見えることがこの図でも理解できます。このfig6fig7結果からも5点透視図法の見え方が自然であることがわかります。
遠くに見えるものは左右の距離だけではなく上下も同じです。次項の5点透視図は上下左右に小さくなる遠近法でこの原理原則を表しています。
fig6 距離による現実の見え方
fig7 距離による現実の見え方
視点固定した見え方
下図の5点透視図法は現実に近い見え方をしている透視図法です。
中央から上下左右の端にかけて湾曲した見え方をしています。
現実での直線的な物もサイズや距離によって、少しづつ湾曲して見えるという説明をしましたが、その効果を5点透視図法は行うことができます。fig6−7は距離による見え方の違いを表していますが、その見え方が歪みの原因です。
そしてfig8は大凡現実で見ている有効視野での比率です。これは前記しましたが水平角30度、垂直角20度の黄金比に近い狭い視野です。
5点透視図法
fig8 現実の見え方
現実の見え方を確認
35mm標準レンズで撮影した写真に、アイレベル(緑色)、垂直線(黄色)、消失点に向かうガイドライン(赤)を追加。
fig8
fig9
fig10
35㎜レンズは、「広角の終わり標準の始まり」という両側面があり、被写体に対し正面で撮影すれば歪みの少ない標準的なものになりますが、アングルを付けることで広角のような遠近効果、歪みが生まれます。この35㎜レンズの歪みは使い方によって人間の目に使い見え方をします。
fig8のアイレベル(緑線)はほとんど地表付近で、ガイドラインは上に向かって消失しています。煽り視点です。
fig9のアイレベル(緑線)は画像のまだ上に存在し、ここでは記せません。全てのガイドラインが下に向かって消失しています。俯瞰視点です。
fig10のアイレベル(緑線)は画像中央よりやや下で、緑線を境に上下に消失点がある事が見えます。アイレベルより上のガイドラインは上に消失し、アイレベルより下のガイドラインは下に消失しています。この湾曲が実際の見え方に近いです。
この写真からわかるように、被写体との距離によって多少湾曲が起こる事と、アイレベルを中心にして起こることがわかります。被写体との距離が近いと視界の端は湾曲されます。
現実と描写の違い
視点を固定しないことが美術的な美しさ
今までの目の見え方を踏まえ、実際にモチーフを固定した視点から見た場合、描かれた静物画のような見え方なのか検証してみましょう。
フランシスコ・デ・スルバラン『茶碗・アンフォラ・壺』を例に見ます。
①どの位置の食器類も綺麗に垂直に立って描かれています。
②左端食器の飲み口である口縁の円形は、他の花器より大きく開いて見えます。
③中央の左の花器の口縁の円形は狭く、左端の食器との相違でアイレベルの高低をおおよそ推測できます。
推測されたアイレベルで描いたとすると花器の少し上から見て描いています。
モチーフとの距離がわかりませんが、一般的なモチーフの距離は1〜2m離して設置します。食器や花器であれば、2m以上離れると細かい細工や模様が視認しずらくなり、3m以上離れて設置することはこのモチーフでは現実的でない距離になります。勿論大きいモチーフ、人体や石膏像であれば3m以上離れても視認可能です。
fig9ー10にて無加工と加工を見比べてください。
fig9 無加工
fig10 加工
fig9ー10の違いは、左右の端に置かれた食器花器のパースです。
fig6ー7また5点透視図でも説明した、視点距離による歪みが実際は起こります。ですが、この視点固定した描き方ではfig10のようにパースを強く感じ、動的な動きが画面に生まれ、静かな原画とは違った印象になってしまいます。
動的な印象を与えたくない場合、視点にこだわった描き方をするよりも、視点を描く対象物に合わせ移動し、正面で捉え描いた方が画面が静止した静かな世界を描けます。また人は動物なので目や身体を動かせ外界を見ています。自然な見え方というのは動的な視点を平面に描く事なのかもしれません。
固定した視点で見える世界と、視点軸を固定せずに見る世界には違いが生まれます。
固定観念
見たいように見る事と現実の違い
人間は動的な生物、動物であって、1箇所に固定して生きる生物ではないので、視点が常に動き記憶の連続が像を作っています。
デッサンや静物画はその動きを固定し、1視点から物を観察し描画します。
物を1視点から観察すると、今まで感じなかった違和感が現れるのは、目の機能によるものです。
歪みを描く事も、描かない事もどちらも間違っていないと思います。
立体視が発達している方、弱い方それぞれですので、見え方と描き方に違和感のない方を選ぶと良いのではないでしょうか。
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