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デッサンセラピー



僕はデッサンの修練をほとんどの方に勧めています。


様々な美術ジャンルがある中で、どのジャンルに進もうともデッサン力が邪魔になるという事はなく、逆にデッサンの修練を積んだからこそ仕事をスムーズに進められると思います。


例えそれがデッサン力を必要としない味のある絵を望む方であってもです。


デッサンの修練を積んだ事による力の中に、観て正確に描くだけではなく、見えていない部分への想像力や推測力を養えるという点もあります。

モチーフを論理的に理解して表現することがデッサンですので、様々な物に対しての理解を客観的に認知できるようにもなります。

更に継続する事で目的意識が高くなり、論理性をも身につけていく事が可能です。


ですが修練を重ねれば重ねる程に、プロセスやテクニックが常習化し同じ表現に傾倒してしまいます。


今まで行ってきた慣れ親しんだ方法というのは、プロセスが見え結果が想像しやすく安心して仕事を進められます。

そんな安定した時期に新しい方法を模索するのは精神的に大変です。ですが一定の表現力が備わり誰からも上手いと認知され始めた時にこそ、自分の仕事に対して疑問を持ち客観的に自分の実力を認知する事が必須です。

知識が足りているのか、知識が更新されているのか、井の中の蛙になっていないか、同じミスを繰り返していないか、じっくりと客観的に認識しなくてはなりません。


そうしないとある一定のラインから上達できないからです。


後述しますが、この論理的な客観力は他の様々な物事に対しても同じように高まり備わっていきます。

デッサンを行う上でのデメリットは、ストレスが大きいという事です。上手く描けないと描けない自分にイライラしたり、同じ失敗を繰り返すと自己肯定感も下がります。ですがその失敗もまた必要なストレスで成長の為の糧になっています。決して超えられないストレスではありません。


デッサンは美術の基礎です。


スポーツマンの基礎トレニーングや、高度な学問の基礎となるグレードと似ています。

基礎トレーニングを怠るスポーツマンには決して良い結果が望めないと思います。高度な学問を学ぶ前には基礎となる段階があり、その基礎を深く理解していないと応用した理論などに発展できないと思います。

どの分野においても基礎となる段階が存在し、飛躍して結果だけを求めることはできません。美術においてその基礎はデッサンで、他のジャンルと同様に高度な技術を備えるには、時間と練度の高さが必要になります。


イラストレーターや漫画家、具象絵画を描く方、立体を扱う方、空間認識力が必要な職業の方、世界観を創造しようとする方、そして抽象絵画、現代美術を行う方。

どんな方にもデッサン力は自分を成長させる技術力になります。

抽象絵画や現代美術であれば必要ないと考えている方もいらっしゃいますが、僕の結論はそうではなくデッサン力は必要だと考えています。

ですが抽象絵画や現代美術であればデッサン力は必要ないという事もまた間違っておりません。

ただし条件があります。

それは類い稀ない想像力を持ち、知性を高める努力を人の何倍も行えるという条件をクリアしている方のみです。


現代美術のアーティストにはアカデミックな世界から進んでいない方が多くおられます。

大学で美術を学ばずとも現代美術の世界で認められる存在となったのは何故だと思いますか?

とても簡単な答えですが、美大生以上に独学で美術を学んでいたからです。

大学では自分の道を探し定めるという仕事も含まれていますので、1,2回生では多くのジャンルのさわりを学びまた基礎の修練も行います。3,4回生で研究へ進む大学が多いと思います。

美大生とは違い道をもとより定めているアーティスト志望の方は学ぶべき物事も理解していますので合理的に進んでいけます。時間を合理的に使用できる事、それもそうですが何よりも自分の表現に必要な物事を理解し、行動に落とし込めている事で、大学で自分にとって必要ないことを学ぶ理由がありません。自己で道を定められるのですから。


逆に大学に行きさえすればアーティストになれると考えている人には美術の世界は難しいと思います。現代ではネットだけでもほとんどの事を知り学べます。世界の美術情勢も学べます。そういった勉強をこまめに行う人とそうでない人とでは、目的意識も結果も違う事は明白です。

このように現代美術を個人的に深く学び、自分の位置を客観的に理解できる人だけがその道を猛進することが可能だと思います。

ですが「自分」が何なのかを理解しないと、何を成そうとしているのかわかりません。


デッサンはこの自分に対する理解度も高めていきます。


何度も言っていますがデッサンは論理的な行為で技術です。誰もが備える事のできる技術でしかありません。

どのようなジャンルでも技術を高めようとしたとき、論理的にウィークポイントを理解し対処法を考え実践します。

そのトライアル&エラーの繰り返しの中で、自分という個の理解も高めていきます。


同じ失敗を繰り返す場合デッサンであれば癖になっている所がないか、中断してしまいがちになる時の仕事は不得意な部分ではないか、欠点を見ないようにおざなりにしていないかなど、自己の性格的な部分が影響している事も多々見受けられます。

そのウィークポイントが起こる部分を掘り下げて見つめてみると、自分の深層心理をも理解していきます。


デッサンは時として苦痛です。


上手く描けない自分に対しストレスも湧き上がり、同じミスを繰り返してしまうと自己嫌悪にすらなる場合もあります。

ですがこのストレスは、対人関係で起こる対処の難しいストレスなどではなく、自分で解決のできるストレスなのです。

何度も描き、失敗する中で自分を見つめ理解する事で様々な成長を促せ、やがてストレスは自信へと変化し成功体験へと昇華すらできます。デッサンは自分を見つめる装置です。超えられない試練では決してありません。


人は成功体験を重ねて成長していける生物です。


簡単な成功、例えばお酒を飲めば気分が高揚し現実逃避できたり、タバコを飲めば欲求を満たせたり、甘いものを食べればドーパミンを得て満足したりします。

この簡単な成功には成長因子がないのに対し、デッサンという自分と向き合う修練を続ける中で時間的な拘束に慣れ忍耐を養っていき、セルフコントロールする自制心が育ちます。

自己を克服できる成功を重ねると、様々な分野で起こる問題に対しても対処しようとする姿勢が備わります。逃げないで対処しようと。

AOPのHPでも記載していますが、非認知能力はIQ同等、もしくはそれ以上に必要な人間力です。デッサンの修練は非認知能力を育てます。


誰もが手に入れる事のできる技術がデッサン力です。

そして副産物的に非認知能力を育て、人間力を育てます。

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